ロボットは東大に入れるのか
そんな本を読んでみましたということで、
このシリーズも3回目となりました。

 

そもそも、毎日のサッカーの練習や、
塾や学校の練習問題、何の意味があるのか
考えたことはあるでしょうか。

 

時間が本当にないなら、
30分でもいいと思いますので、
考えてみてください。

 

ということで、一回目にお話しましたが、
考えてみたでしょうか。

 

まだ考えてない人はぜひ、この機会に
考えてみて欲しいと思います。

 

 

前回すこし、
勉強の話からずれてしまいましたが、
この本では、東ロボ君という
東大の試験をうける人工知能の話なのです。

 

最後には、そうした人工知能に置き換えられない
ことを今後はやっていかなければ、
だめなのではと考えさせられたことを報告しました。

 

たしかに、
東大に受かるような人工知能が
できてきたら、
コストのかかる人間よりも、
そして、体力の限界がある人間よりも
コンピューターのほうがよいとされるに決まっています。

 

ある意味怖い世界でもありますが、
筆者は、そんな時代には、
社会のあり方が変わるかもしれないということにも
触れています。

 

そんなおり、
下記のような本も見つけました。
勉強とは何か?
ということを考えさせられます。

 

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話 (一般書)

 

この本の著者は、なぜ東大でなく、
京大だったのでしょう。

 

京大派の私としては気になります。
何をやってもいい。
そんな雰囲気の中で昔は、
ノーベル賞受賞者も輩出数がNo.1でした。

 

最近は、すこしそんな傾向も
薄らいできています。

 

ノーベル賞がすべてではないですが、
独創的な人間を輩出し続けて欲しいですね。

 

そんな人間であれば、人工知能とも
共存できそうな気がします。

 

【東大ロボ君で考える】①

 

【東大ロボ君で考える】②

 

【東大ロボ君で考える】③